あなたは娘を誘拐されたら「法」を破るか?(@プリズナーズ)

プリズナーズ

娘を誘拐されたらどうしますか?

今回は娘を誘拐された父親が「警察は役に立たない!家族を守るためならなんでもやる!!」と、なりふり構わず奮闘する映画をご紹介します。

プリズナーズ【予告動画】

作品紹介(2013年・プリズナーズ)

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ヒュー・ジャックマン主演(X-MENシリーズのウルヴァリン役)のクライムサスペンス。

娘を誘拐された父親が、誘拐犯を見つけるために法を無視し一線を越える物語。本当の犯人は誰なのか?最後までハラハラドキドキさせてくれる映画です!!

86回アカデミー賞に、撮影賞でノミネート。(ロジャー・ディーキンス)

注目ポイント!

この作品のテーマは「誘拐」ですが、プリズナーズ(囚人)という映画の題名通り、複数の囚人が登場します。

誰が本当の囚人なのか?ということが最後までわからないストーリー展開ですから、ハラハラドキドキしたい方にはもってこいの作品です。

また娘を誘拐された父親の「あいつが犯人だ!」という信念の強さが、逆に周囲を傷つける凶器になってしまう恐怖を実感することもできます。

気ままな解説!

ココから先は、管理人の気ままな解説です。映画についての理解を深める手がかりとして活用してください。

ネタバレ警報

ここから先はネタバレを大きく含みます。映画を視聴した後に閲覧することを強くおススメします!

愛国主義 VS ロキ

映画の舞台は、ペンシルベニア州ピッツバーグです。

雪山のなかで子どもに銃を持たせ、鹿を狩るシーンから物語ははじまります。狩りを通じて大人になる儀式が描かれているというわけです。

また狩りや祈りなどの生活様式から察するに、主人公(ケリー:ヒュージャックマン)は、キリスト教原理主義者であり、保守的なアメリカ人であることがわかります。

キリスト教原理主義者とは?

キリスト教原理主義とは、聖書の記述は全部真実であると捉える考え方のこと。

アメリカでは現在でも人々の8割が「キリストは処女マリアから、人間を父親とせずに生まれた」と信じ、5割以上が「聖書の記述はすべて実際に起こったこと」と考えています。(『ニューズウィーク』誌の2004年の世論調査。)

もう少し具体的にいうならば、ケリーの大好きな歌はアメリカ国歌であり、家族ファーストであり、神を信じており、家族の命が脅かされる有事には、法の枠を飛び越えて銃で戦うこともいとわないという人物として描かれています。とにかく「絶対にじぶんが正しい」ということを疑いもしません。

その一方で、警察官のロキ(ジェイク・ギレンホール)は真逆の人物として描かれます。

ロキは、アメリカ人なら人種・宗教を問わずに家族一緒に過ごすはずの感謝祭(サンクスギビング)の日に、ひとりで中華屋さんで食事をしている単身者であり、フリーメイソンであることをにおわせる指輪をはめ、首筋には入れ墨(イシュタルの星)を入れています。ようするに、「正義は一つではない」ことを知っている人物として描かれています。

「正しいのは自分」という主張を曲げないケリーと、「たくさんの正義を背負っている」ロキの対比に注目して映画を観ると作品への理解が深まると思います。

ケリーの正義

ケリーは「家族を救うためなら法の枠に出ることもいとわない」というケリーなりの正義を最後まで貫きます。

結果として娘は無事に戻りました。妻からも「あの人は善人なの。」と評価されます。

しかしケリーは、結果的にはアレックス(ポール・ダノ)を誘拐するという罪を犯します。しかもアレックスだと思っていた人物はアレックスではなく、過去に誘拐された子どもだと判明するのです。

つまりケリーは、元々誘拐された被害者のことを娘を誘拐した犯人だと激しく思い込み、誘拐・リンチにまで手を染めてしまうのです。

最終的に、ケリーは思い込みにより暴走し、無罪の人を傷つけた「囚人」(プリズナー)として、暗い穴の中に閉じ込められてしまうのです。

最後に

映画の冒頭は、鹿を狩るシーンではじまりました。

動物の命を奪うということが大人になるための通過儀礼になっているのですが、このような通過儀礼には意味があると思います。

なぜならば動物の命を奪うという行為が、他者の気持ちを理解するということにつながるからです。

しかし最近は、人の気持ちがわからない人が増えていると思います。具体的には「なんだかんだで自分だけが得をすればそれでいい」という態度の人が多いと思います。

映画のなかでは、ケリーの娘とともに子供を誘拐されたバーチ夫妻が損得勘定を最優先する存在として描かれています。

ケリーが容疑者を勝手に誘拐し、リンチしたことを知ったフランクリンの妻ナンシーは最初はケリーの暴走を止めようとします。しかし結局は、「あのままやらせておけばいいのよ。でもわたしたちは手を引くの。」という趣旨の発言をしています。

無実かもしれない容疑者を誘拐しリンチしたケリーには明かに問題がありますが、その事実を知りながら放置し「勝手にやらせておく」というパーチ夫妻にも問題があるのではないでしょうか。

また映画の最後には、アレックスを誘拐したケリーが囚人として描かれています。(ひとり地下室の暗闇に閉じ込められるのですから。)

ケリーのような人物は、映画の外の世界にもたくさんいます。「わたしが絶対に正しい!」と妄信する人って多くないですか?

じぶんとは違う意見の人がいれば、怒鳴り散らかして圧倒し、コミュニケーションしようとしない人は街中でもたまに見ます。(一方的に店員さんにしょうもないクレームをつけている人、一部の政治家など。)

しかしコミュニケーションや、議論を放置した先にあるのは「孤独」です。作品ではケリーはひとり地下室に閉じ込められた状態で終わります。まさに独房に入れられてしまっているかのようですね。

もしあなたが他人とコミュニケーションする機会を捨てて、「これが正しい!」と妄信し続ければ、もしかしたらケリーのような末路を辿るかもしれません。くれぐれもご注意を!