仮想現実のリアルに備えよ!(@アヴァロン)

わたしの友人は、世界中にプレーヤーがいる大人気オンラインゲームで日本ランキング5位以内に入る強者でした。

もしかしたらあなたは「ゲームの中の話でしょ?」と冷めた目で見るかもしれませんが、ゲームの世界での強さは尊敬の対象になっていたし、彼の元には世界中から「一緒にプレーしてくれ!」というオファーが集まりました。(友人がゲームをオンラインにすると英語で熱心に「口説かれる!!」)

プレイヤーの中には、彼と一緒にプレーするために「報酬」を準備する人もおり、秘匿性の高い情報(ここでは公表できませんが・・・)が自然に集まるという状況を目の当たりにしたわたしは本当に驚いてしまいました。

もしあなたが現実社会ではうだつが上がらない生活をしているのに、ゲームの中の世界では英雄のように扱われたら・・・・・どちらの世界で生きたいと思うでしょうか?

「活躍できない現実社会よりも、ゲームの中の世界のほうが魅力的」だと判断する人が一定数でてくることは容易に想像することができます。

今回紹介する映画は、希望のない未来において多くの若者が仮想空間戦闘ゲーム「アヴァロン」に熱狂しているというお話です。

アヴァロン(オープニング)

見どころ・解説

日本初のプロゲーマーである梅原大吾さんは、子供の頃から「ゲームで強いといっても所詮はゲームでしょ?」、「ゲームで飯が食えるわけではないでしょ?」という視線を世間から浴びせられることに、納得できない気持ちがあったことをご自身の著書で告白しています。

参考 長期的に「勝ち続けたい」と願うあなたへ(by 梅原大吾)

「なぜ?ゲームはダメで、サッカーならいいのか?」という中学生当時の梅原大吾さんの疑問を当時の大人たちはまともに取り合おうともしなかったわけですが、もうすでに現実よりもゲームの世界のほうにリアリティーを感じるような人たちが多数登場しています。

しかし『ゲーマー』や『オタク』がリア充と比較し一段格下の存在として認識されていた時代は今はもう昔、、、、、、アメリカではゲームが”e-sprorts”に格上げされ、YouTubeのゲーム実況者のなかには大量のアクセスを集めて大金を稼いでいる人も沢山います。

そう。ゲームが虚構であれなんであれ、人生を豊かにしてくれるなら、それでいい。。。という態度のほうが現代では一般的なのです。

つまりなにがいいたいかというと、もしかしたら将来、、、、、「ゲームの世界に人間が閉じこもる現実がやってくるかもしれない」ということです。

オリンピックやサッカーワールドカップなどのイベントは多くの人が熱狂しますが、コスト面での問題はいつも取りざたされます。

「めちゃくちゃなお金をかけて、めちゃくちゃな開発をするぐらいなら、オリンピックなんかしないほうがいい」という意見の人もいるし、実際問題オリンピックを観戦したくても、多くの日本人がチケットを手に入れることに失敗しています。。(日本人なのに抽選に漏れて東京オリンピックのチケットすら1枚もゲットできない人もたくさんいる!!)

東京オリンピックの各種競技を直接観戦できない人はどうするかというと、「テレビ」で観戦するはずです。現実に満足できない人は、現実を虚構化した世界で満足するしかないのです。

では逆に虚構を現実にする営みは肯定されてはいけないのでしょうか?

いわゆる『オタク』だけが虚構を現実化する営みを楽しんでいた時代はもう終わり、一億総オタク社会と化した現代においては「虚構を現実にする営み」も違和感なく受け入れられるはずです。

とりわけ『コスパ』が重視される世界ではリアルよりも虚構のほうが、大衆にも、為政者にも、受けれられる可能性は高いでしょう。

映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」に登場する七海のように、「結婚相手をスマホで選ぶ」スタイルは、今ではもう珍しくありません。わたしの知り合いも飲みながらスマホ片手にお見合いする相手を探していましたし、別の知人はサービス内での評価が高いことを自慢げに語っていたりもしました。

参考 クズにならずに社会を生き延びる方法はあるのか?(@リップヴァンウィンクルの花嫁)

また【つまらない現実】を大衆に直視させず、常に大衆の不満をガス抜きすることを考えている為政者にとっても、「安いコスト」というキーワードは魅力的でしょう。

以上のようなお話は、何十年も前から作家が小説にしてきた「将来」であり、これまではずっと「SFの世界」といわれてきましたが、資本主義によって地球の資源を食いつぶし続けている現代人にとっては「ありそうな将来」になりつつあります。

本記事で紹介したアヴァロンは、虚構と現実の交錯が押井守監督によって見事に描れています。おススメです。